ハロー首都(圏)の日々
08/18-08/21/2001

08/18(土)2001 曇
羽田空港に昼到着。東京勤務の後輩に迎えに来てもらい、新しい家に向かう。
会社にあてがわれた住宅は横浜市都筑区。港北ニュータウンだ。着いてみるとそこはまだ作りかけの町であった。我が寓居たる集合住宅を包囲しているのは雑草生い茂る空き地と建物建設中の工事現場だ。歩道や路側帯を埋め尽くす違法駐車車両が新開地の無法状態を物語る。
瞬間的にここは人間が暮らす場所ではないと思う。生活の歴史が複雑に積層し都市の文脈が網の目の様に入り乱れる町ばかり選んで住んできた私に、その対極であるこの町での生活が出来るだろうか。まあ取り敢えず住んでみて考えることにしよう。

ということで第三京浜から環八を北上する。今日はまだ荷物が届いていないのでクドウさんの家に泊めてもらうのだ。その途上でhttp://playlife.m78.com/Jayさんを掴まえてあわよくば連れてってもらおうというのである。もちろん二人とも初対面である。
荻窪のオートバイ店でJayさんとその彼女に対面。Jayさんは意外に優男であったのだなというのがその印象。けれどもオートバイに乗るだけあって身体はがっしりしているのだなあと思う。
Jayさんの1980年式1,300ccに乗せてもらい一路浦和改めさいたま市たるクドウさん宅へ。 Jayさんは自分のMINIがうるさいのではないかと矢鱈と気にしていたが全然違和感は覚えなかった。車中の会話で1990年から96年までの私の生活圏と、生まれてこの方のJayさん(現在阿佐ヶ谷在住)の生活圏がほぼ一致することが判明。私もホントはまたあの辺りに戻りたかったのだよ。学生時代の四年を過ごした高円寺は意識としては我がホームタウンだ。
クドウさん宅が近づき、Jayさんは信号待ちで運転を代わってくれたの1,300。の10吋。のバケットシート。のセンターメーター。のフェンダーミラー。排気量が大きいだけあって出足は確かによく感じるが運転感覚には何らの違和感もない。そりゃそうだ同じMINIなんだから。あ、そうそう10吋はよりよく曲がるね。
とさ程の間もなくクドウさん宅に到着。18:30頃であったか。意外に近いのね。そういやJayさんは車中でクドウさんは見るからに変わり者であるという話ばかり繰り返していたぞ。

クドウさんSHOさんに対面。確かに変わり者な雰囲気を醸し出してはいるがそんなに常軌を逸した人物であろう筈もない。 色んな写真で見た通りとても背が高くひょろ長い。SHOさんはとてもしっかり者ではなかろうか。二人とも北海道出身らしく色白だ。この二人の組み合わせはなかなかいいぞ。クドウさんは変梃な冗談を話す。
二人の手料理をいただきながら色々な話をする。最初はJayさんたちも居るので当然MINIの話中心。Jayさんたちが帰った後は音楽映画テレビ生物ネットその他諸々な話が展開する。中でも印象的だったのはアヴァンギャルドなプリンツインターボな食パンの話であった(*敢えて判らないように書いているが後々自分でもなんのことやら判らなくなるのではないだろうか)。 ジョンレノンのタバコメガネポルチーニ茸栽培同盟の話もしたぞ。

それにしてもなんて人間的で素敵な生活なんだろう。おいしい食べ物に隅々まで配慮の行き届いたきれいなお家。住人二人の組み合わせの妙。
クドウさんは悪酔いしないというウコンの粒を服みながらスコッチをどんどん飲み、酔いつぶれて眠ってしまったのであった。

08/19(日)2001 曇
SHOさんの正しい日本の朝食(当然とてもおいしい)をいただき、クドウさんの穴ーキーMINIで港北ニュータウンに向かう。我がMINIと同じ年式であるが、リアクォーターウインドウがはめ殺しだぞ。どうやら一回ひっくり返っているらしいんだそうだ。エアフィルターを替えているので吸気音が男らしい。ダースベイダーのようだ。
一時間ばかりで到着。引っ越し屋が着くまで間があるので近所を色々と走り回ってもらう。少し天気がいいためか昨日よりは少しだけ殺伐感が薄い気がする。車屋が結構ある。LEAF GARAGEというMINI屋さんも。
これまで以上に私はMINIを自分でいじったりするようになるだろう。なぜなら何もないこの町では楽しみは自分で作り出すしかないであろうから。路上で作業しても誰の何の邪魔にもなりそうにないし。駐車場探しは苦労しそうだけれども。
引っ越し屋が到着して荷物が運び込まれる。瞬く間に部屋は段ボールで埋め尽くされる。
クドウさんと二人で洗濯機のサイクル交換に挑む。箱根の山を越えたので60Hzから50Hzに替えなければならない。パーツは五年前まで東京で使っていたのがある。
洗濯機をひっくり返してみると交換するパーツとはプーリーとベルトであった。プーリーは軸にネジ一本で止められている。これならそんなに難しくなさそうだと思ったのだが。
外してみると軸側にネジ穴はない。どうやら締めてあるだけのようだ。これでうまく止まるのか?。50Hz用を取り付けて運転してみるが盛大に空回り
再びひっくり返してもっとネジをきつく締めてみよう。と、ネジを回す感触がスカスカに。あ、なんだか嫌な感じ。ネジ穴を切ってしまったらしい。プーリーは鉛色をした柔らかい金属で出来ている。
こいつはいけない。ネジ穴を切り直そうというクドウさんの提案により、ホームセンターに連れてってもらい簡単なネジ切り工具を購入。
とうとう本来の穴の逆側に新たにネジ穴を開けてみたりするがどうにもうまくいかない。一体なんだってもうちょっときっちり止まる構造になっていないのだ。そもそも東西で周波数が違うってのは明治時代に電気事業が始まるとき、東日本はイギリス式(あれフランス式だっけ?)西日本はドイツ式を導入したことに始まっているはずだ。そのために百年後の我々が苦労するのである。なんとかしろ明治政府!
日も大分暮れてきたので遂に諦めて電気屋を呼ぶことに決定。まあ色々考えながらの作業は楽しかったけどね。
クドウさんお疲れさま&有り難う。

08/20(月)2001 曇
新しい職場に初めて出勤する。渋谷の職場まで地下鉄と私鉄を乗り継いで約一時間。時間的な距離は首都ではそう遠くはない。
初日でもあるし早々に切り上げ夕方には帰宅。駐車場を探す。MINIが到着するのは木曜か金曜。それまでに見つかるといいのだが。
駐車場事情を探るべく辺りを歩き回る。どうやらこの辺りでは駐車場などという利益率の低いものに金を掛ける人は居ないらしくとてもいい加減な駐車場ばかりだ。
殆どが砂利敷きで草が生えている。しかも大抵はいずれかの方向に傾いているのだ。これはこの土地が丘陵地帯を切り開いて作られたものであるからだろう。
まあ車道も歩道も広いし作業スペースはいくらでもある感じなので駐車場は砂利でもよしとしよう。ホントは屋根付きがほしいけれどそんなものはなさそうだし。でもナナメは避けたいな。足回りによくない。
今日は下見のみにして引き上げる。

08/21(火)2001 雨
台風接近による小雨の中を歩きながら目星をつけた駐車場の管理会社に片っ端から電話する。沢山電話しなきゃいけないということはつまり全然空きがないのである。
6、7件は電話したろうか。全てが使用中。空きの順番待ちがいる所もある。中には雑草が大分茂っているスペースもあるのだが。
取り敢えずよさそうな一件に順番待ちを申し込む。勿論砂利敷きだけれども水平に近い。空く見込みはないだろうかど探し回るのが面倒になってきた。あとは私にこの場所をあてがった会社に探してもらおう。
どうやらこの町では住民の数に対して駐車場の数が圧倒的に不足しているらしい。ここは「日本最大の計画都市」ではなかったのか。車なしでは生活が成り立たないこの町で駐車場が足りないとは無計画も甚だしい。駐車場なんてそんなに儲からないからだろうけど、ここは「日本最大の計画都市」ではなかったのか。これだけ大規模な開発、行政もきっと絡んでいるだろうに。
つまりここは開拓地だフロンティアだ。風景はシムシティだけど西部の無法地帯のようなものなんだ。どんな理不尽なことが起ってもおかしくない。

 

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